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西暦 |
年号 |
日本 |
佐渡金銀山 |
伊藤家 |
赤水窯 |
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室
町
時
代 |
1338 |
延元3年 |
足利尊氏が征夷大将軍に任ぜられる |
1120年〜1449年成立
今昔物語集(今は昔の物語)第26巻第15話に佐渡の金が記載されているが、これは佐渡金山ではなく、西三川の砂金のことだと言われている。 |
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| 1392 |
元中9年 |
南北朝の合一 |
| 1399 |
応永6年 |
応永の乱 |
| 1428 |
正長元年 |
正長の土一揆 |
| 1429 |
永享元年 |
播磨の土一揆 |
| 1460 |
寛正元年 |
寛正の大飢饉 |
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| 1462 |
寛正3年 |
山城の土一揆 京畿の土一揆 |
西三川砂金山の採掘開始といわれる |
| 1463 |
寛正4年 |
京都の土一揆 |
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| 1467 |
応仁元年 |
応仁の乱 |
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| 1485 |
文明17年 |
山城の国一揆 |
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| 1488 |
長享2年 |
加賀に一向一揆 |
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| 1531 |
享録4年 |
加賀に一向一揆 |
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| 1532 |
天文元年 |
法華一揆、山科本願寺を焼く |
天文年間
鶴子銀山で金鉱石が見つかり採掘される。
1541年
佐渡国鶴子銀山発見、西三川砂金と越後上杉家の宝庫
あるいは
1542年
澤根の鶴子銀山が発見開発(佐渡金銀山の本格的採掘の始まり)
また、新穂銀山でも採掘が始まったという |
| 1533 |
天文2年 |
石見の大森銀山を開発 |
| 1534 |
天文3年 |
紀伊に惣国一揆成立 |
| 1536 |
天文5年 |
天文法華の乱 |
| 1538 |
天文7年 |
国府台の戦い |
| 1539 |
天文8年 |
陸奥会津に百姓一揆 |
| 1540 |
天文9年 |
諸国に悪疫流行 |
| 1541 |
天文10年 |
ポルトガル船、豊後に漂着 |
| 1543 |
天文12年 |
鉄砲の伝来 |
| 1544 |
天文13年 |
ポルトガル船、薩摩に貿易を求める |
| 1549 |
天文18年 |
キリスト教伝来 |
| 1550 |
天文19年 |
ポルトガル船、平戸に入港 |
| 1551 |
天文20年 |
ポルトガル船、豊後に来航 |
| 1552 |
天文21年 |
ポルトガル船、鹿児島に来航 |
| 1553 |
天文22年 |
川中島の戦 |
| 1560 |
永録3年 |
桶狭間の戦 |
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| 1568 |
永録11年 |
織田信長入洛 |
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| 1573 |
天正元年 |
室町幕府の滅亡 |
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安
土
桃
山
時
代 |
1575 |
天正3年 |
長篠の戦 |
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| 1582 |
天正10年 |
本能寺の変、山崎の戦い |
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| 1583 |
天正11年 |
賎ケ岳の戦 |
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| 1585 |
天正13年 |
秀吉が関白となる |
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| 1586 |
天正14年 |
秀吉が太政大臣になり、豊臣の姓を与えられる |
秀吉が佐渡の支配を上杉景勝に命じる |
| 1590 |
天正18年 |
秀吉が全国統一 |
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| 1592 |
文禄元年 |
文禄の役 |
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| 1595 |
文禄4年 |
太閤検地おわり、税法定まる |
鶴子銀山、石見国より山師が来て繁栄する。 |
| 1598 |
慶長3年 |
秀吉が死ぬ |
|
| 1600 |
慶長5年 |
関ヶ原の戦い |
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| 1601 |
慶長6年 |
徳川家康、東海道に伝馬制度を設ける |
鶴子銀山の山師3人が相川の佐渡金銀山を発見 |
| 1602 |
慶長7年 |
家康、東本願寺を創建 |
金銀山大盛り |
江
戸
時
代 |
1603 |
慶長8年 |
徳川家康が征夷大将軍となる |
大久保長安の佐渡代官として実施した直山制の採用により、佐渡金銀山は空前の繁栄となる |
| 1605 |
慶長10年 |
家康が、将軍職を秀忠にゆずる |
相川で水銀精錬(アマルガム精錬)を行う |
| 1609 |
慶長14年 |
オランダと貿易開始 |
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| 1610 |
慶長15年 |
スペインに通商を許可 |
高千鉱山が幕府直営により開発 |
| 1614 |
慶長19年 |
大阪冬の陣 |
金銀山への物資の公給が停止される |
| 1615 |
元和元年 |
大阪夏の陣、豊臣氏滅亡 |
|
| 1616 |
元和2年 |
家康が死ぬ |
出雲崎が徳川氏直轄領となり、佐渡の金銀を出雲崎に運ぶ基礎ができる |
| 1618 |
元和4年 |
外国船貿易港を長崎・平戸に制限 |
鎮目市左衛門・竹村九郎右衛門が、佐渡奉行に任ぜられる
相川の吹分床屋が完成 |
| 1619 |
元和5年 |
|
西三川砂金山、請山となる |
| 1621 |
元和7年 |
このころ、シャム、インドシナ、ルソンなどに日本人町が栄える |
佐渡で小判の製造開始 |
| 1622 |
元和8年 |
|
金銀山大盛り |
| 1624 |
寛永元年 |
スペイン船の来航を禁止 |
|
| 1626 |
寛永3年 |
|
水金沢から割間歩までの水貫間切の工事が始まる(寛永15年に完成) |
| 1627 |
寛永4年 |
|
内藤重次を諸国金銀奉行に任じ、鉱山の開発を奨励 |
| 1629 |
寛永6年 |
|
沢根より下戸へ通じる中山街道が開通 |
| 1633 |
寛永10年 |
鎖国令(奉書船以外の海外渡航を禁ず) |
金銀山の出方が衰える |
| 1634 |
寛永11年 |
鎖国令(海外往来・通商制限) |
割間歩の水敷に毎10日に1万荷の鉱石を産出 |
| 1635 |
寛永12年 |
参勤交代制度確立
鎖国令(渡航禁止) |
上納銀1992貫、砂金357匁、筋金は佐渡で小判に吹き立てる |
| 1636 |
寛永13年 |
鎖国令(ポルトガル人を長崎出島に移す) |
洪水で相川の割間歩が冠水 |
| 1637 |
寛永14年 |
島原の乱 |
水上輪の作り方を伝授される |
| 1639 |
寛永16年 |
鎖国令(ポルトガル船の来航を禁止) |
|
| 1641 |
寛永18年 |
鎖国令の完成(オランダ人を長崎の出島に移す) |
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| 1643 |
寛永20年 |
田畑永代売買禁止令 |
金銀山衰える |
| 1647 |
正保4年 |
|
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| 1648 |
慶安元年 |
私鋳銭を禁ず 田畑の永代売買を禁ず |
新穂滝沢銀山大盛り |
| 1650 |
慶安3年 |
|
銀山割間歩大盛り |
| 1651 |
慶安4年 |
慶安事件 |
金銀山衰える |
| 1652 |
承応元年 |
承応事件 |
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| 1655 |
明暦元年 |
糸割符制廃止、長崎貿易を相対貿易とする |
金銀山が衰微 |
| 1663 |
寛文3年 |
武家諸法度改定 |
割間歩の稼ぎを止める |
| 1666 |
寛文6年 |
|
翌年にかけて他国出を許可 |
| 1670 |
寛文10年 |
箱根用水竣工 |
|
このころ、加賀から伊兵衛が佐渡に渡る |
| 1671 |
寛文11年 |
河村瑞軒が東回り航路をひらく |
金銀山御直山となり、後9ヵ年の間大盛り |
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| 1672 |
寛文12年 |
河村瑞軒が西回り航路をひらく |
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| 1674 |
延宝2年 |
風水害あり飢饉となる |
|
伊兵衛の子、甚兵衛が窯を築き、フイゴの羽口や素焼きの日用品を製造。
■羽口屋(甚兵衛焼)・・・佐渡の陶祖 |
| 1675 |
延宝3年 |
|
金銀山大盛りのため、多くの金穿り大工が来国 |
四代伊兵衛
(伊兵衛から五代目)
からは茶碗や皿などを製造
六代甚兵衛
は雲山焼を創始 |
羽口屋三代(伊兵衛から四代)の長男文四郎
が下戸(おりと)に別家を創立し、陶器製造を専業とした窯を築く。
■羽口屋分家窯・・・後の赤水窯 |
| 1686 |
貞享3年 |
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諸銀山繁昌 |
| 1691 |
元禄4年 |
住友友芳、別子銅山開発 |
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| 1695 |
元禄8年 |
金銀貨の改鋳 |
幕府、諸国の鉱山採掘を奨励 |
| 1696 |
元禄9年 |
|
南沢疎水道完成 |
| 1700 |
元禄13年 |
金銀銭の比価を定める |
佐渡遠流の制が廃止 |
| 1701 |
元禄14年 |
神殿金山を開掘、谷山錫山薩摩藩直轄 |
鳥越・青盤・雲子の諸間歩大盛り |
| 1702 |
元禄15年 |
赤穂浪士のあだ討ち |
鳥越間歩盛況 |
| 1706 |
寶永3年 |
宝字銀を鋳る |
|
| 1709 |
寶永6年 |
正徳の治 |
大須村の宗五郎間歩で水を汲み取り再興 |
| 1713 |
正徳3年 |
諸国に養蚕・製紙を奨励 |
柄上銀を灰吹銀と、また後藤札を印銀札と改め、以後、印銀勘定となる |
| 1714 |
正徳4年 |
密貿易を禁止 |
佐渡金山の銅で銅銭を鋳造 |
| 1716 |
享保元年 |
吉宗が8代将軍となる
享保の改革 |
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| 1722 |
享保7年 |
上げ米の制、参勤交代をゆるめる |
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| 1723 |
享保8年 |
足高の制を定め、人材を登用 |
幕府より、佐渡金銀山の銀運上高が減っているので、直山制から請山制にするよう命じられた(翌年撤回) |
| 1730 |
享保15年 |
上げ米の制停止 参勤交代復旧 |
鶴子銀山百枚間歩が御直山となる |
| 1732 |
享保17年 |
享保の大飢饉 |
|
| 1736 |
元文元年 |
正徳金銀を改鋳 |
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| 1743 |
寛保3年 |
|
7月より鶴子間歩を休山とする |
| 1746 |
延享3年 |
長崎貿易制限強化 |
相川町に銅床屋を建て、鉛鏈を問吹き |
| 1751 |
宝暦元年 |
吉宗が死去 |
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| 1761 |
宝暦11年 |
旗本・御家人の俸禄米を買い入れて米価調節をはかる |
佐渡極印銀を吹き潰し、文字銀を用いる |
| 1763 |
宝暦13年 |
江戸神田に朝鮮人参座創設 |
銅山鶴子百枚間歩を稼ぎ始める |
| 1765 |
明和2年 |
五匁銀新鋳 オランダ船からはじめて金銀銭を輸入 |
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| 1768 |
明和5年 |
佐渡に一揆おこる |
朝鮮へ銅20万斤を輸出 |
| 1769 |
明和6年 |
|
西三川砂金山崩落、稼ぎを止める |
| 1770 |
明和7年 |
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佐渡の銅銭が払底 |
| 1778 |
安永7年 |
ロシア船、国後島来て、松前氏に通商要求 |
無宿人が江戸から送られ、水替人足としての使役が始まる |
| 1782 |
天明2年 |
天明の太飢饉 |
大野川より砂金が出る
鳥越間歩大盛り |
| 1783 |
天明3年 |
浅間山大噴火 |
オランダ水突道具を銀山青盤間歩の水揚げに使用 |
| 1793 |
寛政5年 |
|
鶴子百枚間歩の稼ぎを止める |
| 1801 |
享和元年 |
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入川村鉛山の試し稼ぎ開始 |
| 1813 |
文化10年 |
信濃善光寺で打ち壊し |
入川村鉛山御直稼ぎ中止 |
| 1819 |
文政2年 |
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|
羽口屋七代甚兵衛・茶碗作りを研究し、後に名手として広く知られる。 |
| 1825 |
文政8年 |
外国船打払い令 |
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| 1828 |
文政11年 |
シーボルト事件 |
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| 1833 |
天保4年 |
天保の大飢饉 |
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| 1837 |
天保8年 |
大塩平八郎の乱、生田万の乱、モリソン号事件 |
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| 1839 |
天保10年 |
蛮社の獄 |
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羽口屋七代甚兵衛が、無名異を陶土に混ぜて楽焼をはじめる |
1838年〜1899年(初代赤水)
羽口屋分家窯五代(伊兵衛から九代)の富太郎(初代赤水)は明治に入り、本家七代甚兵衛の着想から暗示を得て無名異焼きを創始(無名異を陶土に混入し、高温で焼成することにより硬くて耐久性のある品をつくる事に成功)、後に赤水窯と称した。 |
| 1841 |
天保12年 |
天保の改革 |
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| 1844 |
弘化元年 |
オランダ、国書を持つて開国を勧告 |
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| 1849 |
嘉永2年 |
アメリカ艦長崎 イギリス艦浦賀に来る |
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| 1853 |
嘉永6年 |
ペリー来航 |
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| 1858 |
安政5年 |
修好通商条約 |
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| 1859 |
安政6年 |
安政の大獄 |
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| 1860 |
万延元年 |
桜田門外の変 |
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| 1861 |
文久元年 |
公武合体運動を献議 |
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| 1862 |
文久2年 |
生麦事件 |
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| 1863 |
文久3 |
薩英戦争 |
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| 1864 |
元冶元年 |
蛤御門の変、下関事件、
長州征伐(第一次) |
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| 1865 |
慶応元年 |
長州征伐(第二次) |
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| 1866 |
慶応2年 |
薩長連合 |
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| 1867 |
慶応3年 |
大政奉還、王政復古の大号令 |
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明
治 |
1868 |
明治元年 |
五箇条の御誓文、江戸城開城、戊辰戦争、一世一元の制 |
1月:幕府雇用のイギリス人鉱山技師が火薬発破法を伝える
4月:佐渡奉行所、筋金所・材木町番所・水替役所・間山番所が廃止 |
| 1869 |
明治2年 |
版籍奉還 |
佐渡金銀山が政府直営の佐渡鉱山となる |
| 1870 |
明治3年 |
平民に苗字を許す |
佐渡鉱山で失業者が多くなる |
| 1871 |
明治4年 |
廃藩置県、郵便制度 |
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| 1872 |
明治5年 |
義務教育の開始、新橋と横浜の間に鉄道が開通、太陰暦を廃止して、太陽暦を用いる |
西三川砂金山、閉山 |
| 1873 |
明治6年 |
徴兵令、地租改正条例が公布 |
|
| 1878 |
明治11年 |
|
明治8年から建設工事を始めた大立竪坑が完成 |
| 1881 |
明治14年 |
国会開設の詔 |
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| 1882 |
明治15年 |
大隈重信が立憲改進党をつくる |
洋式技術の導入で鶴子銀山再開 |
| 1885 |
明治18年 |
太政官制度を廃止、内閣制度へ |
佐渡鉱山は工部省から大蔵省へ所管換え |
| 1887 |
明治20年 |
東京に電灯がつく |
鉱石運搬用に高任選鉱場と大間港の間を日本で始めての空中ケーブル(蒸気機関動力)でつないだ |
| 1889 |
明治22年 |
大日本帝国憲法発布
東海道線が全線開通 |
佐渡鉱山を帝室財産とする |
| 1890 |
明治23年 |
第1回衆議院議員選挙
第1回帝国議会 |
高任選鉱場が稼働、鉱山学校が開設 |
| 1891 |
明治24年 |
森鴎外が「舞姫」を発表 |
相川間山にアマルガム精錬により金銀を抽出する搗鉱精錬所が完成 |
| 1892 |
明治25年 |
|
佐渡鉱山専用の相川町大間港が完成 |
| 1893 |
明治26年 |
|
鶴子百枚・弥十郎坑を再開発 |
| 1894 |
明治27年 |
日清戦争(〜1895) |
|
| 1895 |
明治28年 |
下関講和条約、三国干渉 |
|
| 1896 |
明治29年 |
日清通商航海条約 |
佐渡鉱山が三菱合資会社に払い下げ |
| 1897 |
明治30年 |
金本位制実施
八幡製鉄所ができる(1901年から作業開始) |
|
| 1899 |
明治32年 |
改正条約実施、治外法権撤廃 |
鉱山労働者が暴動を起こす |
| 1900 |
明治33年 |
治安警察法、義和団の乱に出兵 |
新潟県で最初の水力発電所、高任発電所が稼働 |
現在は、五代目。
五代・伊藤赤水は2003年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2005年には、紫綬褒章を受章している、。 |
| 1902 |
明治35年 |
日英同盟 |
|
| 1904 |
明治37年 |
日露戦争(〜1905) |
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| 1905 |
明治38年 |
ポーツマス条約 |
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| 1906 |
明治39年 |
南満州鉄道株式会社 |
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| 1908 |
明治41年 |
|
相川北沢に佐渡初の火力発電所が完成 |
| 1909 |
明治42年 |
伊藤博文暗殺 |
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| 1910 |
明治43年 |
韓国を併合 |
|
| 1911 |
明治44年 |
関税自主権の回復
不平等条約改正 |
三菱合資会社が入川鉱山を買収 |
大
正 |
1912 |
大正元年 |
第一次護憲運動 |
大立坑内に電力によるポンプを新設
入川鉱山、立島鉱山を合併し高千鉱山と称す |
| 1914 |
大正3年 |
第一次世界大戦、日本も参戦
世界大戦の影響で好景気になる |
大間港に起重機を設置 |
| 1915 |
大正4年 |
中国に21か条の要求を出し、満州へ手をのばす |
戸地川第一発電所稼働 |
| 1918 |
大正7年 |
富山に米騒動 |
戸地川第二発電所稼働 |
| 1919 |
大正8年 |
パリ講和会議 |
佐渡鉱山で、鑿岩機を使用 |
| 1920 |
大正9年 |
国際連盟に加入(常任理事国) |
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| 1921 |
大正10年 |
四カ国協定(日・英・米・仏)を結び、日英同盟を破棄 |
|
| 1923 |
大正12年 |
関東大震災 |
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| 1925 |
大正14年 |
普通選挙法が成立、治安維持法、ラジオ放送が始まる |
|
昭
和 |
1928 |
昭和元年 |
京都学連事件に初の治安維持法適用 |
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| 1928 |
昭和3年 |
張作霖爆死 |
高千鉱山、入川の電力発電所により電力化 |
| 1929 |
昭和4年 |
世界恐慌 |
佐渡鉱山、相川で浜石の採取を始める |
| 1931 |
昭和6年 |
満州事変 |
|
| 1932 |
昭和7年 |
五・一五事件 |
佐渡鉱山で浮遊選鉱を開始 |
| 1933 |
昭和8年 |
国際連盟を脱退 |
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| 1936 |
昭和11年 |
二・二六事件 |
|
| 1937 |
昭和12年 |
日中戦争 |
戦略物資調達のため高千鉱山が大増産 |
| 1938 |
昭和13年 |
国家総動員法が制定 |
重要鉱物増産法公布 |
| 1939 |
昭和14年 |
第二次世界大戦が始まる
アメリカ通商条約破棄通告 |
|
| 1940 |
昭和15年 |
日独伊三国軍事同盟 |
相川北沢に東洋一とうたわれた浮遊選鉱場が完成
大間港に火力発電所を建設 |
| 1941 |
昭和16年 |
太平洋戦争(〜1945) |
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| 1943 |
昭和18年 |
大東亜宣言、学徒出陣 |
全国的な金山整備が始まる
高千鉱山閉山。佐渡鉱山、銅鉱の採掘に転換 |
| 1945 |
昭和20年 |
無条件降伏 |
|
| 1946 |
昭和21年 |
天皇が年頭詔書で人間宣言
日本国憲法公布 |
鶴子銀山閉山 |
| 1947 |
昭和22年 |
労働基準法、児童福祉法、教育基本法、学校教育法、独占禁止法公布 |
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| 1950 |
昭和25年 |
朝鮮戦争 |
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| 1951 |
昭和26年 |
サンフランシスコ平和条約
日米安全保障条約 |
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| 1952 |
昭和27年 |
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佐渡鉱山を大縮小 |
| 1977 |
昭和52年 |
日航機ハイジャック |
戸地発電所閉所 |
| 平成 |
1989 |
平成元年 |
消費税開始 |
3月末、佐渡鉱山が操業を休止し事実上閉山 |