人間国宝 五代・伊藤赤水
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2011年 旭日章綬章 受章 2007年 大英博物館主催「わざの美 伝統工芸50年」展 招待 2005年 紫綬褒章 受章 「無名異練上花紋香炉」平山新潟県知事より、宮内庁長官湯浅利夫氏を通じ両陛下に献上 天皇皇后両陛下に拝謁 日本工芸会参与就任 新潟日報社主催 人間国宝 伊藤赤水 認定記念展 重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される 2003年 日本伝統工芸展50年記念展招待出品 1997年 第44回日本伝統工芸展に於いて高松宮記念賞 受賞。受賞作品文化庁買上げ 1994年 英国国立ビクトリア・アンド・アルバート美術館「無名異窯変壷」買上げ 1993年 皇太子妃雅子様ご成婚のお祝いとして新潟県より小和田家へ「無名異窯変壷」が贈られる 1992年 秋篠宮殿下お買い上げ 1985年 第8回日本陶芸展にて最優秀作品賞・秩父宮賜杯を受ける 1981年 米国ワシントン・国立スミソニアン博物館及び英国国立ビクトリア&アルバート美術館に於ける「日本現代陶芸展」招待出品 1980年 「日華陶芸展」招待出品(台湾) 1977年 五代・伊藤赤水を襲名 1941年 佐渡、相川に生まれる 略歴
平成22年3月31日
開設
歴代主要作品
五代・伊藤赤水 作品
1990年代の作品
2000年代の作品
2010年代の作品
初代・伊藤赤水 作品
二代・伊藤赤水 作品
三代・伊藤赤水 作品
四代・伊藤赤水 作品
五代・伊藤赤水の技
 無名異は酸化鉄を含んだ土で、粘着力が低いため粘土質の土を混ぜて焼き物をつくります。無名異と混ぜる粘土質の土に何を選ぶか、混ぜる割合はどうするかの規定はなく、作家の主体性によりつくりあげられています。
技 その1 逆転の発想 〜無名異焼 窯変(むみょういやき ようへん)〜
技 その2 次の表現方法 〜無名異焼 練上(むみょういやき ねりあげ)〜
技 その3 無名異焼にこだわらず、もっと広い世界へ 〜佐渡ケ島(さどがしま)〜
逆転の発想 窯変(ようへん)

無名異 窯変壷
〜 試行錯誤をくりかえし、たどり着いた「無名異」 〜
 五代・伊藤赤水*が大学を卒業し、佐渡に戻って家業に就いた昭和40年代は高度成長期だったので、佐渡の観光も盛況でお土産物としての無名異焼がよく売れていました。  赤水窯でも、店頭に並ぶ商品が足りないくらいこともありましたが、そんな中、「このまま佐渡観光の土産物としての無名異焼だけを作っていていいのか」と、陶芸作家を目指す気持ちが膨らんできました。
 当初は、赤い無名異だけでは表現が限られると考え、佐渡中の土を探しまわり、実際に何度も焼いて確かめました。結局、そうしてたどり着いたのは無名異でした。
 いずれは東京で開かれる公的な展覧会で結果をだしていかなければいけない、そのためには佐渡金山でとれる無名異に価値がある、無名異の赤にこだわっていこうと決意したのでした。
*わかりやすくするため、襲名前も「五代・伊藤赤水」と表記します。

〜 逆転の発想「窯変」 〜
 無名異焼を選んだ五代・伊藤赤水は、無名異の赤を生かすためには釉薬を使わない焼締めがいいだろう、また、無名異の赤をより魅力的にみせるには、別の色を配したほうがいいと考えました。
 無名異は鉄を含んだ赤い土で、窯で焼くと炎の当り方によって、そのまま赤い色になったり、黒く変色してできたりします。
 この、黒い変色(窯変)は、中国の朱泥を目標とした明治以降の無名異焼にとっては邪魔なもので、時として不良品として扱われていました。
 この当時も黒が入った無名異焼は不良品扱いとされていましたが、五代・伊藤赤水は逆転の発想で、この窯変が赤の魅力をより伝えることができるはずと考え、昭和43年(1968年)ころから、窯変の作品をつくりはじめました。そして昭和47年(1972年)無名異窯変壷で日本伝統工芸展に初入選し、その後も受賞を重ね評価されつづけてきました。
 現在では、「窯変」と「練上」が五代・伊藤赤水の二大技法と言われています。

〜 結果はまだでていない「ひと味違う窯変」 〜
 陶芸作家は経験から、窯の置く位置により、どのような窯変に仕上がるかがおおよそわかります。しかし、微妙な部分は焼きあがらなければわかりません。
 「赤い地にどういう種類の黒を配するのがいいのか」「黒地に赤を入れるにはどうするか」
 30年以上窯変を手がけ、人間国宝に認定されてもなお「ひと味違う窯変」の存在を信じる五代・伊藤赤水の、窯変を変えていこうという試みは続いています。
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次の表現方法 練上(ねりあげ)

無名異 練上線紋鉢
 昭和55年(1980年)に日本伝統工芸展で無名異窯変壷が奨励賞を受賞したことをきっかけに、窯変に次ぐ表現方法を模索しはじめた五代・伊藤赤水は、知っている様々な技法を試し研鑽を積んだ結果、昭和59年(1984年)に異なる色の土を重ね合わせて紋様をつくりだす「練上」にたどり着きました。
 翌年、初めて出品した無名異の練上の作品で日本陶芸展の最優秀作品賞・秩父宮賜杯を受けました。

〜 紋様の変化 〜
 五代・伊藤赤水が最初に手がけた練上の紋様は「線紋」とよんでいる、線をベースにした紋様でした。これを選んだのは、技法的に一番簡単だったからです。
 次は花紋へと紋様は変化していきます。線紋を続けるうちに他の紋様もやれることがわかり、新しい紋様へと意欲が増し、作品に合う紋様はと考えた結果、花の紋様を選びました。
 花紋の次は、奥行きのある花紋。新しい創作への情熱は冷めることなく、現在は魚紋、鳥紋などの新しい紋様の練上作品を次々と発表しています。
 色は、赤・白・黒の三色が基本となっています。
五代・伊藤赤水「無名異 練上」紋様一部紹介
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もっと自由に 佐渡ケ島(さどがしま)

佐渡ケ島
 人間国宝となって5年余り、己の技術や世間の評価に安寧することなく、新たなステージを思い続ける五代・伊藤赤水は、平成21年(2009年)佐渡の岩石を素材にした「佐渡ケ島」シリーズを発表しました。

 日本海に浮かぶ、沖縄に次いで大きな島、佐渡。
 島の呼び方は時代や人により様々です。
 「さど」「さどがしま」「さどしま」「さどし」。古くは、「さどのくに」「さどけん」「さどぐん」
 
 五代・伊藤赤水は、「さどがしま」の呼び方にこだわります。
 それは、「佐渡(さど)」よりも「佐渡ケ島(さどがしま)」と言ったほうがインパクトが強いと考えるからです。


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